ニューヨークだより 2019年3月
「米国における量子コンピュータの現状」
2019年4月9日
省庁・団体名
JETRO/IPA NewYork
内容
量子コンピュータでは、「量子ビット(qubit:quantum bit)」と呼ばれる情報単位が持つ「重ね合わせ(superposition)」の特徴を用いることにより、N個の量子ビットで一度に2のN乗回の並列計算が可能になり、1量子ビット付加する毎に量子コンピュータの演算能力が飛躍的に高まる。例えば、以下の産業での実用化が期待されている。
- 交通/物流(製造):移動経路の最適化問題を迅速に処理できることで、交通サービスにおける移動時間の短縮や渋滞の減少やサプライチェーンプロセスの効率化等につながる
- 機械学習(AI):学習のフィードバックを提供する上でのデータ分析を短時間で処理できることで、ディープニューラルネットワークにおける機械学習能力を効率的に向上させられる
- ヘルスケア(製薬):分子、たんぱく質、化学薬品の相互作用及び化学反応の分析や、人間の遺伝子配列・解析を効率的に処理できることで、副作用のない治療薬の開発(創薬)プロセスの短縮及び各患者にパーソナライズされた処方薬の提供につながる
- 金融サービス:市場リスクの計測や投資評価等を行う際に用いられているモンテカルロシミュレーションを効率化することで、ポートフォリオの最適化と投資リスクの削減につながる
- メディアテクノロジー:オンライン上のユーザーの行動履歴に関するデータ分析を基に、ターゲット広告の配信効果が高まる
- サイバーセキュリティ:量子コンピュータにより機密データや電子通信の安全性を担保するために用いられている既存の暗号方式が破られる可能性が高まることでセキュリティ上の脅威が懸念される一方、第三者による盗聴を確実に防止できる「量子鍵配送(QKD)」と呼ばれる手法など、量子暗号を用いた秘匿通信の実用化が期待されている
- AI:人間と同様に複雑なタスクに効率的に対応できるAIにより、ヒト型ロボットがリアルタイムかつ予期せぬ環境下で最適な意思決定を行えるようになる(コンピュータビジョン、パターン認識、音声認識、機械翻訳等における技術進歩が期待される)
近年、米国、中国、欧州で関連研究開発プログラムに多額の政府資金が投入され、IBM社、Google社、Microsoft社、Alibaba社等の大手テクノロジー企業や、D-Wave社、Rigetti社等のスタートアップが量子ゲート方式又は(及び)量子アニーリング方式でのハードウェア開発に積極的に取り組んでいる。これらの企業は、それぞれクラウド上でマシンにアクセスできるサービスを提供しているが、近年は、QC Ware社など、主要量子コンピュータシステムで動作する企業向けアプリケーションの開発を専門とする企業も出現し、商用アルゴリズムの開発及び量子コンピュータのビジネス利用を後押ししている。
McKinsey社の調査(2015年時点)によれば、(機密扱いとなっていない)量子技術に対する研究算は世界で年間総額およそ15億ユーロ、国別では、米国が最も高く(年間3億6,000万ユーロ)、次に中国(同2億2,000万ユーロ)、ドイツ(同1億2000万ユーロ)、英国(同1億500万ユーロ)、カナダ(同1億ユーロ)が続く(EU全体では同5億5000万ユーロ、日本は同0.6億ユーロ)。
一方、量子コンピュータが既存の暗号システムに及ぼす脅威についても十分に理解する必要があり、米科学アカデミーは、今からポスト量子暗号(耐量子コンピュータ暗号)の開発・導入等の準備を進める必要があると警告している。
日本においては、政府による研究開発支援等も含め、NTT社や富士通社等の大手企業がD-Wave社の量子コンピュータに対抗するイジングモデル型(統計力学の理論モデルで、粒子の取り得る向きを計算するためのモデル)のコンピュータの開発を推進している。しかし、量子コンピュータへの世界的な投資が拡大する中、欧米と比較して日本の投資規模ははるかに小さく、研究者の間では、「日本は、基礎研究は健闘しているが、マシンの開発競争は北米優位であり、予算規模の差が効いているのかもしれない」との声もある。
詳細
https://www5.jetro.go.jp/newsletter/nya/2019/IT/NYdayori_201903.pdf
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Kiyoshi Nakazawa (中沢潔)
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