「溜池備忘録」その9「IoTに関する一考察」
2016年5月15日
CSAJ 専務理事 前川 徹
IoTを支えるイノベーション
前回、ブンデスリーガ(ドイツのサッカーリーグ)のIoT活用について書いたので今回もIoTの話を続けよう。
IoTは言うまでもなく、Internet of Thingsの略で「モノのインターネット」と訳されている。世の中のいろいろなモノがインターネットに接続され、そこから膨大なデータが収集・分析され、ビジネスや我々の生活に大きな影響を与えると言われている。しかし、まだ事例はそれほど多くなく、人によって捉え方が異なり、何がどう変わるのか、そのインパクトの本質が何なのかについて定説はない。
まず、何がIoTをもたらしたのかを考えてみたい。
IoTを支えるイノベーションは大きく3つに分けられる。第1がセンサー、第2がLTE、WiFi、Bluetooth、NFCなどネットワーク技術、第3がクラウドコンピューティングとデータ処理技術である。
特にセンサー技術の小型化、高性能化は凄まじい。例えばiPhone6sには、12メガピクセルの静止画、4Kビデオ(3,840 x 2,160、30fps)の撮影が可能な画像センサー(カメラ)、3D Touch (タッチセンサー、(静電)容量性圧力センサー)、相対的な高度の計測が可能な気圧センサー、3軸ジャイロセンサー(回転角速度の計測)、加速度センサー、近接センサー、環境光センサー、磁気センサーが搭載されている。
こうしたセンサーが身の回りの機器だけでなく、自動車、装置、建造物などに組み込まれ、そのモノの状態や環境が測定可能になる。計測されたデータはインターネットを通じて収集、分析され、利用される。
ただ、センサーを利用してモノの状態を把握し、それをコントロールしようという取組みは今に始まったことではない。たとえば、株式会社小松製作所(コマツ)は15年ほど前から建設機械に様々なセンサーを取り付け、そこから収集されるデータを活用している。それがKOMTRAXである。
KOMTRAX
KOMTRAXはIoTの先駆け的システムである。KOMTRAXは建設機械の情報を遠隔で確認するためのシステムであり、その開発は2001年から始まっている。建設機械に付けられた様々なセンサー(この中にはGPSも含まれている)によって、どの機械がどの場所にあって、エンジンが動いているか止まっているか、燃料がどれだけ残っているか、1日に何時間稼働したか、油圧に異常はないか、冷却水のレベルや温度に問題はないかといったデータがすべて把握できる。
これによって、料金未払いやレンタル期間切れ、盗難などの不正利用があれば、センター側でロックをかけて建設機械を動かなくすることが可能である。また、位置(稼働地)、稼働時間、コーション情報、燃料残量を把握するとともに、月間稼働率、年間稼働率を把握することができる。さらにコーション(警告)情報や保守作業(処理内容)情報、部品交換情報を分析することによって機械が故障する前に部品交換や保守作業を行うことができ、機械の稼働率を高めることができる。燃料消費量、CO2排出量の把握、これらのデータの車両間比較、時系列比較を行うことによって、省エネ運転の提案も可能である。なんとチリやオーストラリアの鉱山では300tダンプの無人運転すら行われている。
いくつかのIoT利用シナリオと課題
KOMTRAXによって建設機械に起きた革命が、あらゆる機器、装置等で起きるのだと考えるとIoTのインパクトの大きさが想像できるのではないだろうか。
たとえば、工場では製造装置の稼働状況の遠隔管理による稼働実績の把握、故障予兆の検知、稼働最適化などによって製造プロセスの高度化が進むだろう。
自動車の世界では、車載センサーや位置情報、道路や交差点に設置された各種センサーから得られるデータを活用した自動車制御の高度化によってコンピュータによる運転支援や自動運転が可能になる。
医療の分野では、ウェアラブルデバイス等で収集した情報、疾病・診断データ等の分析によって予防医療が飛躍的に進むに違いない。
小売業では、販売・在庫管理、消費者が持つケータイ等の位置情報を利用したクーポンの配信が実現しているが、それに加えてRFIDによる商品のトレーサビリティ向上、売り場における消費者の動線分析による商品陳列の最適化が進むだろう。
物流の世界では、渋滞予測等を活用した集荷・配送業務の効率化、車両データ、運転傾向分析による故障事故の予兆検知が可能になる。
農業分野においては、気象・土壌・生育データ等による収量予測・最適化が進み、家畜のバイタルデータのモニタリング、管理が行われるようになる。
老朽化が心配されている道路・橋梁・トンネルなどの公共インフラにおいては、各種センサーによって歪み・ねじれ等を遠隔監視できるようになり、事故等の予兆検知・異常検知が可能になることが期待されている。
ただ、こうした様々な利用シナリオが考えられているものの、そこにはいくつかの課題がある。たとえば、事業化にはマネタイズが不可欠なのだが、費用以上の対価/便益が得られる仕組みを構築できるか(IoTによって新たな価値を創造できるか)。このIoT革命による変化を捉え、そこから新しい価値を想像するためには、多くのパートナー企業の協力が必要となるが、それを可能とする魅力的なビジョンを描くことができるか。また、デバイスの接続管理、データ収集・分析などの共通基盤的な機能を担うプラットフォームが重要となるが、それを自分たちで創ることができるか。
IoTに不可欠な各種のセンサーは日系企業が強みを持つ分野の一つである。ただ、多くの日本企業は様々な技術を統合して大きな仕組みを創ることが苦手である。マネタイズ/課金モデルを考え、プラットフォームやエコ・システムを構築する力が必要とされている。
筆者略歴
前川 徹 (まえがわ とおる)
1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。