「溜池備忘録」その8 「IoT・ビッグデータ・ブンデスリーガ」

2016年4月15日

CSAJ 専務理事 前川 徹

TSG 1899 Hoffenheim

 TSG 1899 Hoffenheim(ホッフェンハイム)は、ドイツ南部の人口3万5000人程度のジンスハイム市のホッフェンハイム地区を本拠地とするスポーツ総合クラブドイツのサッカーチームである。1899年7月に体育と陸上競技のクラブとして設立され、1945年にサッカークラブ「FVホッフェンハイム」を吸収している。
 このTSG 1899 Hoffenheimのサッカークラブは、1990年まではドイツサッカーリーグの第7部リーグと第9部リーグを行き来するアマチュアクラブであったのだが、1990年にドイツ最大手のソフトウェア企業であるSAPの創業者の一人であるディートマー・ホップがパトロンになったことにより、その資金を活かして有望な若手選手を獲得して力を付け、2000年には4部リーグに昇格、2001年には4部リーグで優勝して3部リーグに昇格、さらに2007年には3部リーグで2位になり2部リーグに昇格、そしてついに2008年には2部リーグで2位となり1部リーグ昇格を果たしている。2014-15年シーズンの成績は1部ブンデスリーガで8位となっている。
 この歴史に残る大躍進は、ホップの資金援助がきっかけではあるが、IoTとビッグデータの活用がもたらしたものだと言ってもよい。スポンサーから得た豊富な資金は、有望な若手選手の獲得だけではなく、練習環境や設備の充実、IoTの導入とそこから得られたビッグデータの分析に使われ、それがホッフェンハイムを一流のチームにしたのである。

センサーデータの活用

 TSG 1899 Hoffenheimの選手たちは練習中、小さな計測デバイスを両脚のレガースとユニホーム(背中)に合計3個つけている。選手がつけているデバイスは3cm☓2cmの大きさで厚さは5mm、重さは約15gと小型軽量なので、身につけていてもほとんど気にならない。もちろん練習用のサッカーボールにも同じように位置計測ができるデバイスが内蔵されている。
 グランドに設置された12本のアンテナによって、それぞれのデバイスの位置を誤差数センチメートルで把握することができる。トラッキングできるセンサーの数は144個なので、練習試合の場合(3個/人☓11人☓2チームとボール)にも十分対応できる。選手に取り付けられたセンサーのトラック頻度は毎秒200回、ボールは毎秒2000回である。
 この選手とボールに付けられたセンサーによって収集される位置データはSAPが開発したインメモリ型データウェアハウズ「HANA」によって分析され、各プレーヤーの走行速度や走行距離はもちろん、ボールの保持率、パスを受けてからパスを出すまでの時間、ドリブルのスピードなどを、ほとんどリアルタイムで把握することができる。TSG 1899 Hoffenheimのコーチは、これらの情報をiPadで確認することができるほか、Googleグラスに表示することもできる。
 こうした情報の活用によって、ホッフェンハイムは、選手一人ひとりの強みと弱みを把握するだけではなく、どのようなプレーが故障の原因になりやすいか、何を鍛えれば故障が起きにくいのかなどの分析を行い、弱みを克服する練習メニューの作成から各選手のコンディション管理にデータを役立てている。このビッグデータ活用こそが、ホッフェンハイム躍進の原動力に一つなのである。

ブンデスリーガの取組み

 日々の練習では位置を正確に把握できるセンサーを利用できるものの、公式試合においてはIoTデバイスを装着することが禁止されている。このため公式試合では、選手とボールの位置把握のために、高精細カメラが用いられている。スタジアムを見下ろす位置に取り付けられた2台のカメラがフィールド上の全選手とボールの動きをトラッキングしているのである。
 この高精細カメラから収集される収集されるデータの件数は1試合で4000万件になると言われている。これをSAPのHANAを使って分析し、各選手の走行距離、速度、選手間の距離と位置関係、ボールの保持時間、保持率、ボール奪取回数、パス成功率などを把握している。
 分析によって意外な事実が分かってくるそうだ。たとえば、ボールを奪われるのはボールを保持しているプレーヤーの問題だと考えがちであるが、実際にはボールを持っていないプレーヤーの位置の方が重要であることが判明したのである。つまり、ボールを保持しているプレーヤーから10~15メートルの距離にボールをパスできる仲間がいればボールを奪われる可能性が小さくなるのである。したがって、ボールを持っていないプレーヤーは、敵のプレーヤーの位置を把握して、パスが受けられる場所にポジショニングする練習をする必要がある。
 データを分析すれば、個々のプレーヤーだけでなく、チームとしての強み、弱みを明らかにすることもできるし、勝因や敗因の分析も可能だろう。チームの弱みを克服するための練習を行い、強みを活かした作戦を立て、試合中は作戦の監視と修正を行い、選手交代の時期をデータから判断できる。
 驚くべきことに、ブンデスリーガはこうして収集した公式試合のデータをすべてのチームに公開している。もちろん狙いはドイツサッカー全体を強くすることにある。
 2014年のFIFAワールドカップでドイツが優勝できたのも、IoTデバイスの利用とビッグデータ分析の効果だと言ってよいのではないだろうか。

筆者略歴

前川 徹 (まえがわ とおる)

1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。

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