「溜池備忘録」その1 「SEって何ですか?」
2015年8月15日
CSAJ 専務理事 前川 徹
最近、物忘れが激しくなってきたので、思いついたことを書き留めておくことにした。あくまでも個人的なメモである。起承転結的な構造もないし、何かを論証しようというものでもない。あくまでもただの備忘録である。
「SEって何ですか?」
サイバー大学の説明会で学生(候補者)から「SEになれますか?」とか「SEになるためにはどの科目をとればいいですか?」という質問を受けることがある。学生の質問の意図を汲んで「なれますよ」とか、「テクノロジーコースのソフトウェアプログラムを選択するといいですよ」と答えてあげればよいのに、ついつい「SEって何ですか?」と逆質問してしまうことがある。なんて意地悪なんだ。
逆質問された学生はびっくりした顔をして「システム・エンジニアのことです。プログラマ、SE募集という求人広告があるじゃないですか」と答える。この人は本当にIT総合学部の先生なんだろうかと疑いの眼差しで見ている。そこで、日本でSEと呼ばれている職種は一つではないことを説明することになるのだが、学生はずっと腑に落ちない顔つきで私の説明を聞いている。
システム・エンジニアとは
情報サービス業界でいうSE(システム・エンジニア)は完全に和製英語である。米国でSE、System Engineerと言って通じることはまずない。仮にSystem Engineerと言って相手がフンフンと頷いていても、ほとんどの場合、日本のSEではなくシステム工学の専門家をイメージいるので、それ以降の話はすれ違ってしまう。
たぶん日本では情報システムやソフトウェアの設計・開発等に携わる技術者のうち、プログラマ以外の技術者を指すことが多い。ただ、現実にはプログラマとほとんど同じ仕事をしているSEもいるので、仕事の内容で区分することは難しい。
ちなみにIPAが実施している「情報処理技術者試験」にはSEという区分はない。情報システム開発プロジェクトの管理者は「プロジェクトマネージャ」だし、情報システムに必要な要件を定義し、それを実現するためのアーキテクチャを設計するのは「システム・アーキテクト」、企業活動に情報技術を活用するための基本戦略を策定・提案・推進するのは「ITストラテジスト」、情報システムの運用管理の責任者は「ITサービスマネージャ」である。また、ネットワーク、データベース、情報セキュリティ、組込みシステムの専門家はそれぞれ「ネットワークスペシャリスト」、「データベーススペシャリスト」、「情報セキュリティスペシャリスト」、「エンベデッドシステムスペシャリスト」と呼ばれている。
プログラマとSE
インターネットで「SE」を検索すると、情報システム開発の上流工程を担当する技術者だと定義しているものが多い。この「上流工程」という用語も曲者である。なぜなら、情報システムの開発はウォータフォールモデルで行うものだと決めつけているからである。この問題を論じ始めると長くなるので、開発プロセスに関する話は別の機会にとっておくことにして、SEとプログラマの関係を考えることにしよう。
日本ではSEが作成した仕様どおりにプログラムをつくるのがプログラマの役割ということになっているらしい。SIerの経営者は、プログラミングは仕様書どおりにコードを書く単純作業だと考えているらしい。そのため、一般的にプログラマよりSEの方が、地位が高く報酬も多い。(ちなみに、大手ITベンダーの中には、プログラミングがまったくできないSEもいる。そうしたSEは、顧客との交渉やスケジュール管理、外注管理が主な仕事になっている。)
しかし、実際のところプログラミングは単純作業ではない。単純作業であるなら、コンピュータを使って自動化できるはずだ(ある程度形式化された仕様からコードを自動生成するシステムは存在しているが、この仕様を書く作業がプログラミングに相当する)。
厳密な議論をするには情報が不完全ではあるが、実際に付加価値を生み出し、専門的スキルを要求されるプログラマの地位がSEより低いというのは何かが間違っているのではないだろうか。
プログラマの復権
Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグは優秀なプログラマである。Dropboxの共同設立者ドリュー・ヒューストンも凄腕のプログラマである。マイクロソフトの創業者のビル・ゲイツとポール・アレンも(優秀かどうかは別にして)プログラマだったし、グーグルの創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジも卓越したプログラマである。
米国ではプログラマは憧れの職業であるが、日本ではプログラマという職業に暗いイメージがつきまとっている。
プログラマの生産性は個人によって極めて大きな違いがあることはよく知られている(これも別の機会に取り上げよう)。したがって、優秀な人材がプログラマを目指す社会にならなければ、日本のソフトウェア産業、IT産業に明るい未来はない。日本を世界最先端のIT国家にしたければ、プログラマが憧れの職業になるように変えていかなければいけない。
筆者略歴
前川 徹 (まえがわ とおる)
1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。