「やさしい情報経済論」その28 まとめ(その1)

2015年6月15日

CSAJ 専務理事 前川 徹

情報財の特徴

 このシリーズでは情報産業が生み出す商品・財(情報財)を主な対象として取り上げ、そのビジネスの特徴と戦略について考えてきた。

 情報財の例として新聞、雑誌、書籍、レコード、映画、パッケージソフトウェアなどがあるが、厳密に考えると情報財は、新聞や雑誌そのものではなく、そこに掲載されているニュースや小説などのコンテンツである。つまり情報財とは、テキストや音、静止画、動画などで表現されたコンテンツであって、新聞、雑誌、CD、DVDは、その情報財を収納するコンテナである。ラジオやテレビ、インターネットも情報財を伝えるためのメディア(媒体)であり、コンテナだと考えることができる。

 情報財はデジタル化できるという特徴がある。テキストも静止画も動画も0と1のビットに変換して蓄積、転送、共有できる。

 また、情報財は一般的に、最初の制作コストは大きいが、コピーをつくるコストは比較的小さいという特徴がある。書籍は最初の版ができてしまえば、印刷と製本のコストはそれほど高くない(厚い本でも数百円だろう)。CDやDVDならさらに一桁安いコストで再生産できる。情報財は、デジタル化してしまえば、再生産コストはほとんどゼロになる。インターネットで配信するケースを考えれば、デリバリーに要するコストもほとんどゼロに近い。

 経済学の世界に「規模に関する収穫逓増(費用逓減)」という概念がある。生産量が増大するにつれて平均費用が減少し、利益率が高まることであり、「規模の経済」とも言われる。

 非情報財では、規模に関する収穫逓増には限界があり、ある一定の生産規模を超えると逆に収穫が逓減してしまうのだが、情報財の場合には生産規模の限界がなく、ほとんど無限に収穫逓増が続く。これに加え、前述のとおりデジタル化すれば再生産コストがほとんどゼロになるという特質を持っているため、情報財の世界では規模の経済が非常に強く働く。つまり、生産規模の大きな企業の方が、コスト面で優位に立てる。

 しかし、情報財はコモディティ化しやすい。一般的にコモディティ化した財の価格は限界費用(生産を一単位増やした時の費用の増加分)まで低下する。つまりデジタル化された情報財の限界コストはほぼゼロであるため、コモディティ化したデジタル財の価格はゼロになる。これがインターネット上に無料の情報が溢れている理由である。

 情報財のコモディティ化を防ぐ有力な方法が、知的財産権である。たとえば、情報財の多くは著作権で守ることができる。小説や音楽、映画などは著作権によって守られている。ただし、ソフトウェアの場合は著作権だけでは万全とは言えない。もちろん、ソフトウェアも著作権による保護の対象になるのだが、そのアイデアまで著作権で守ることはできない。つまり、ほぼ同じ機能を持つソフトウェアを異なったコードで開発して販売することは合法とみなされる。このソフトウェアのアイデアを守る一つの方法として特許がある。もちろんどんなソフトウェアでも特許を取得できるわけではない。国によって条件は多少異なるが、日本の場合であれば、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり、産業上利用でき、新規性、進歩性の条件を満たすことが必要である。

情報財の価格戦略

 情報財から得られる収入を最大化するためには、情報財をいくらでどう売るのかを考える必要がある。というのは、多くの情報財は同じものをコンテナやメディアを変えて何度でも販売できるからである。たとえば、テレビドラマの場合、まず、地上波のゴールデンタイム用に制作・放送し、数ヶ月後に別時間帯で再放送、あるいはCSやBS等の別チャンネルで再放送し、次にDVD化してパッケージとして販売できる。吹き替えや字幕の処理をして海外で放送・販売するという方法もある。小説の場合には、雑誌の連載が終了したら単行本で販売し、しばらくしてから文庫本化することが多い。

 また、市場を分析してユーザーを幾つかのグループに分割してアカデミック・ディスカウントやシニア割引を行うのも売上の増大につながる。これは、学生やシニアは価格弾力性が高い層であることを踏まえた価格戦略である。

 逆に価格弾力性が低いビジネスユーザー向けに機能を強化したバージョンを提供するという方法もある。たとえばソフトウェアであれば、通常版に加えて、価格を抑えた初心者向けの入門版や高額なプロフェッショナル向けの機能強化版を提供するとよい。情報財のバージョン化を考える場合、ハイエンドのバージョンを開発し、それからローエンドのバージョンをつくるのが一般的である。

 さらに、バージョン化の発展形としてバンドル化がある。バンドル化とは、異なる2種類以上の商品をパッケージ化することで、ソフトウェア製品ではよく見られる。記事を一つの商品だと見れば、雑誌や新聞は記事をバンドルして販売するビジネスモデルだと考えることができる。あるいは雑誌や新聞の定期購読も一種のバンドル化である。定期購読がなければ、各号の内容や特集によって売上はより大きく変動することになる。雑誌や新聞の販売部数の増減によるコストの変動はかなり小さいので、定期購読料を多少安くしても、販売部数が増えるのであれば利益は増大することになる。

 さすがに27回分を1回でまとめるのは無理があるので、次回は、まとめ(その2)として、このシリーズの最終回としたい。

筆者略歴

前川 徹 (まえがわ とおる)

1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。

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